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The Miscellany

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

バレッタがパキった日

バレッタ

愛用品が逝く時

毎日使っていたバレッタが、突然、パキっという音と共に、壊れた。
前日までは、問題がなかったのだが、ある日突然、来るものである。
金具の部分が割れていたので、ハンダごてでも持っていない限り、もう使える可能性はない。
気に入っていたのに、これまでに気に入っていた以前のバレッタと同じように、お陀仏となった。
形あるものすべて壊れる。

新しいバレッタの違い

バレッタというのは、髪の毛を止める道具だが、どういうわけだか、ここ数年で、一斉に仕様変更があったらしく、以前の仕様とは、違う感じになっているのである。
どこを探しても、以前のようなものは、見つからず、それこそ、中古品でも探さなければ、見つかりそうにない。
中古品というのは、消耗品として使うには、適していない。
どうせいつかは、パキっとなるわけだから。
そのためにハンダごてを購入して、使い方を一から覚えるなどということは、割に合わない。

同じものがいい

年を取ると、なんでも、「前のほうが使いやすかった」というふうに、思うようになる。
DVDデッキなんかも、そうで、今年の最初に壊れて、変えたけれども、録画量が倍増しても、あまり嬉しいという気持ちにはならなかったのは、やっぱり、前のヤツのほうが、だんぜん、使い勝手がよかったからである。
何かもう、「前と同じものを取り替えていくだけ」で、あと2~30年を過ごして、そのまま死んでいきたいと、思うのだけれど、商品というのは、どんどん仕様が変わっていくから、面倒くさいし、アンハッピーな感じがするのであった。
イギリス人というのは、古いものを、ずーっと使うらしく、オーブンなんかも、何十年も同じものを使うし、さらに、食べるものも、同じものをずーっと食べたりするらしい。
そういうほうが、他のことに集中できるから、合理的な生き方と、言えるのかもしれない。
アメリカ流の消費社会というのは、非合理的というか、消費の回転のための労力だけで、だいぶエネルギーが割かれてしまうから、そのぶん、ほかのことがおろそかになるわけである。
さらに、日本の場合だと、「季節」というものが、あり、これへの対処で、右往左往しているうちに、いつのまにか、60とか70を超えて、もう、何か、意味のあることをしようと思っても、なかなかできない年齢に、なって、あとは、黒沢映画の笠智衆のように、いい塩梅に枯れて、死んでいく、というわけである。

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