忍者ブログ

The Miscellany

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

岡村隆史の問題発言の「かわいい」の意味は?

下着姿の女性

岡村の問題発言の「意味」とは

岡村隆史の問題発言について、元風俗嬢女性が、なかなか力の入ったエッセイを書いている。

言い難き嘆きも手 | ニッポンのおじさん | 鈴木涼美 | cakes(ケイクス)

世の女性たちがなんとなく共有する、誰もが知るおじさん著名人たちへのファジーな嫌悪感の正体に迫る本連載「ニッポンのおじさん」。今回は、ナインティナイン岡村隆史さんの風俗発言について。様々な批判が飛び交うなか、元夜のおねーさんとしての違和感を考察します。

「かわいい」の意味は、素人くさいという意味なのか?

どれどれ、と思って、まじめに読んでみた。
…が、自分としては、なんか違う、という感想しか持てなかった。
それは、これを書いた人が、元風俗のプロの人だから、だろうなあ。
「絶対面白いことあるんです」「なかなかのかわいい人が短期間ですけれども、お嬢(風俗の嬢)やります」「短期間でお金を稼がないと苦しいですから」「3ヶ月の間、かわいい子がそういうところでパッと働いてパッとやめます」
という岡村の「かわいいの連発」を、「風俗慣れのしない素人っぽい女性」というふうに、受け取っているという時点で、どうも賛成できない感じがする、のである。
岡村は、「そういう意味」で、言ったんだろうか。
そもそも、「カタギの仕事についている女性」が、お金に困ったからといって、いきなり風俗で荒稼ぎをして、穴埋めをしようとするだろうか。
そんなことは、有り得ない。それは、この元風俗嬢の書き手の方も言っているとおり。
「風俗をやるかもしれない女」と、「何があっても絶対にやらない女」の間には、ものすごい深い河が、流れているのである…。
それは、私が半世紀以上生きて来て抱いている実感、である。
そして岡村が、そのことを知らないのかどうかと言ったら…知っているだろう。だって、風俗の帝王なんでしょ。
だったら、岡村のこの発言というのは、「風俗をやるかもしれない女」を指しているのであろう。
だったら、「かわいい」は、「顔」のことを言っているのである。
私は、そう思っている。

「結婚は、カオとカネの交換」by小倉千加子

結婚というのは、つまるところ、カオとカネの交換だ、と言ったのは、小倉千加子である。
性産業というのも、同じであって、この前ちょっと調べたのだが、大阪の飛田新地というところの夜の光景を、見てみると、小さな店の中は、こうこうと明るく、それは、そこに座っている女の子の顔を、よく見せるためとしか、思えないのである。
「客」は、顔や、顔からわかる年齢を見る。
女の子のほうは、自分の顔がよく見えるように、まっすぐ道路の側を向いて、座っている。
それが、「風俗の極み」とでも言うべき、飛田新地の模様。
だったら、岡村が言っている「かわいい」は、やっぱり、「顔」のことじゃなかったのか。

岡村発言の真意

岡村が言っていたことというのは、つまり…
  • もともと「風俗をやるかもしれない女」のカテゴリに入っているが、今はやっていない女性で
  • 顔がかわいくてそこそこ若い女性が
  • コロナ苦で、短期間風俗に稼ぎに来る
ということではないだろうか。
しつこいけれども、「何があっても絶対に風俗をやらない女」というのは、コロナであろうがなかろうが、絶対に風俗には来ないのであって、岡村は、そのことを、知らないわけはないと、思うのだ…彼だって、もうすぐ50歳、風俗以外の女性との普段の付き合いは、仕事では、あったわけだから、「何があっても絶対に風俗をやらない女」の数のほうが圧倒的に多いということくらいは、知っているはずである。

それはよくわかったけど

ゆえにまあ…このエッセイの筆者氏には、冒頭のところ以外は、ほぼ共感する部分はないというか、玄人女性が、ウブな女性を好む男性を嫌う気持ちは、けっこう強いんだな、としか思えないけれども、岡村が言った言葉の「意味」は、違うと思うんだよね…。

拍手[0回]

TOP
  • 忍者ブログ[PR]
  • ©The Miscellany
PR