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The Miscellany

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

除夜の鐘論争と一般人の生き方とグレーゾーンについて

鐘

除夜の鐘論争とか

除夜の鐘論争みたいなものが、最近、あったようだけれども、まあ、うるさいと言えば、うるさい。
うちの近くなどは、1時過ぎまでついているし、下手をすると、2時くらいまで終わらない。
寺の近くに住んでいる人たちは、さぞかし、大変だろうなあ、と思って、気の毒になったりする。
ただ、365日のうちの1日だけだと思うから、それが嬉しいという人たちのためなら、耐えてもいい、と思っているだけだ。
港の船が、いっせいに汽笛を鳴らすのも、はっきり言って、うるさい。
ただ、そういうのが嬉しい人たちのために、耐えているわけで、365日のうちの1日だけだと思うから、である。
それを言ったらもう、防災無線で毎日定時に音楽を流す必要などが、どこにあるのかという話になり、それと防災と、いったいどういう関係があるのかと、うるさいという話だが、外で遊んでいる子供たちに、帰宅を促すためだとか言われたら、言い返せない。

他人とどこまで何を共有したいのか

結局は、「他人と何かを共有したいかどうか、どの程度、何を共有したいのか」という話に、なるのだろう。
音を共有したくないとか、「自分とは無関係な音」は、共有したくないとか、例えばなんらかのポスターや垂れ幕などの、目に入るもののうち、自分とは無関係なものは、見たくない、見させられるということは、「共有」を強要されているということになるから、嫌だとか、そういう話になる。

一般人は、この問題を突き詰めないほうが得策

この話を突き詰めていけば、「うるさい日本の私」の中島義道のようになるしかなく、そうなると、大変だから、テキトーにしておくしか、ないのである。
人生には、そして世の中には、グレーのまま放置しておかねばならない「なんらかのエリア」というものが、あり、あるということを知るということも、勉強なのである。
中島義道は、「うるさい日本の私」を、戯画化するところまで、行っているし、「それ」を仕事にできて、それで稼げるのだから、「自分が嫌だと思っているなんらかのこと」を、主張しても、損をしているというわけではない。
が、普通の人が、彼と同じことをしようとしても、他人の反感を買うだけであって、本は売れないし、名前も売れないだろう。
だったら、グレーのままにしておくというのが、一般人の場合には、得策なのである。

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