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The Miscellany

脱力おばさんの思い出話やつまらない日常を綴るブログ

加齢と時間の不幸な関係

枯れ木

加齢と時間の不幸な関係

加齢というのは、自分の体の変化だけで感じるものではないな、と思ったのは、いろんなものが、次々に破れるようになったり、家のあちこちに修繕が必要なほどの劣化が起きたり、ということによる。

破れる壊れる

なにしろ、ぼやっとして生きていると、10年とかはあっという間なのだが、その間に、日用品の経年劣化というのは、着実に進んでいる。
この前買ったばかりのように思っていた電化製品が、いつの間にか壊れるとか、壊れてみて初めて、そういえば、もう10年近く使っていたな、寿命だったのかな、と思ったり。
シーツやら寝間着やら枕カバーのようなものも、次々に破れる。
この前取り替えたと思っていた網戸が、もう破れていると思ったら、それも、取り替えたのは、何年も前だった、とか。
そういうものが、時間の経過を、感じさせるのだが、本人には、そんなに時間が経ったという認識は、ないから困る。
10歳から20歳までの10年と、40歳から50歳までの10年の間には、5倍とか10倍以上の「価値の違い」というものが、あるなあと、思う。

四半世紀前が、そんなに前ではなくなるころ

20歳から30歳までは、何かと忙しかった。
30歳から40歳までは、悶々と悩んで終わった。
40歳から50歳までは、ぼーっとしているうちに、過ぎていた。
四半世紀前、という言い方があるけれども、25年前とかは、そんなに前のような感じは、しない。
が、25年前に生まれて、今が25歳の人だったら、25年前というのは、果てしなく昔のように思うだろう。

白いインテリアの新婚家庭の話

30年ほど前に、とある女性が、結婚退職をしたと聞いたのだが、そのあと、別の女性が、その女性にばったり会って、そのまま、新婚家庭にお邪魔をしたのだという。
その家は、アパートだかマンションだったらしいが、白いインテリアで統一された、新婚家庭らしい雰囲気の部屋だったという。
その人は、今ごろ、どうしているんだろうかな。
子供が生まれ、その子が結婚して、おばあちゃんになっているころではないのだろうか。
30年という時間は、そういう時間なのだが、私にとっては、ぜんぜんそうではない。

家具売り場で自虐プレイをしていた昔の話

その白いインテリアの新婚家庭の話を聞いてから、なぜか、家具売り場に行くたびに、もの悲しい気持ちになった。
家具売り場というのは、新婚向けの家具が、ドーンと置いてあるというのが、普通だから、そういうものを見るたびに、自分には、こういうものは、縁がないんだな、と思うのである。
どうしてなのかは、わからないけれど、どうしても、そういうふうに思ってしまい、家具売り場に行くということは、けっこう自虐プレイみたいな感じであった。
木の香の漂う家具売り場で、自虐プレイに浸っている行き遅れの独身女というのも、けっこう気持ちが悪い感じだったかも、しれないけれど。
今では、そういう、嫁入り道具的な家具は、高価で重量があるうえに場所取りで、非合理的なだけだと思うので、特に、タンスなどには、興味はなくなった。
狭い日本の部屋に、デカいタンスなどを置くというのは、非常にアホらしい話である。
が、家具と言えば、新婚家庭を思い浮かべて、憧れに浸っていたという、そんな時代も、あったのだった。

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